日々のキヅキ

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平成と令和のあいだで「変化」とは

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kizuki books


元号が変わりました。

2019年が平成30年とか令和元年とか

正直なところ私はあまり興味が湧きませんが、これも何かの象徴なのでしょうか。

どちらかと言えば元号廃止で良いと考えます。

 

さておき以前よりブログをはじめよう、はじめたいと思いながら

なかなか手がつかず止まったままでしたが、本日よりはじめます。

私は、エッセイが好きでよく読むのですが、エッセイのような日記のような

個人的なことを恥じることなく、惜しげも無くさらけ出していこうと思います。

 

初回のテーマは「変化」です。

 

スマートフォンやインターネットの発達でその情報の「量」が加速的に増加し

取捨選択が難しく「メディアリテラシー」が必要な時代へと変化しました。

 

何が真実で何がデマなのか?

 

その時代や状況により「正解」は常に変化します

しかし、私たち多くの日本人が学校教育で「正解」を

探し当てるように教えられたため

価値観は固定化し【正しいことが良いこと】である

と思い込みが強いように私は感じています。

 

その価値観であると正しくないことや正しくない自分であることで

自分自身が不快感で窮屈であったり生きずらさを感じてしまったり

他人が正しくないと他人を認められなかったり受け入れられなかったりして

喧嘩になります。

 

 間違えても正しくなくとも大丈夫!

 

人間は間違えるし変化する動物です。

 

正しさよりもそれが(その自分自身を)

『好きか嫌いか』で良いのではないでしょうか?

 

情報が渦のように溢れる現代では

趣味や嗜好も多様化しジャンルに括るということは、はぼ不可能になってきました。

 

自己啓発セミナーなどのブームでいわゆる

「意識高い系」などという言葉が生まれたり

「さとり世代」などと言われたり知識や情報を

『わかっている』とうい前提で物事や社会が進んでいるように感じます。

 

死因は必ずありますが「生因」がわからない人間に

一体何がわかるというのでしょうか?

わからないという事をわかっている(無知の知)を

わかっているかわかっていないか。

これが重要です。

 

皆が同じである必要はありません。

精神の時代に突入した「令和」をどう生きどう変化していくのか。

変化を恐れず受け入れ自分らしく生きることが大切だと思います。

変わることも変わらないこともどちらも人間にはストレスなはずです。

「成長」とは選択肢が増えることすなわち「変化」すること。